ユングとフロイト

2026年09月11日 23:14

ユングとフロイト

同時代を生きたフロイトとユングの関係性は創発的なものでした。1906年が、お二人が初めて接触した年でした。
以前、現代スピリチュアリズムの源流ともなる19世紀ヨーロッパにおける心霊主義の時代について触れました。1875年スイス生まれのユングですが、当時西欧は既に産業の繁栄や都市の発展を見、学術や文化面でも活気溢れる変革の時代にありました。
幼少や青年期のユングの逸話からは、彼のユニークな独自性、神秘への感受性、好奇心や鋭い観察力を伺うことが出来ます✨

20世紀に入りますと、無意識、性、創造性、精神病理に関する新しい概念の議論が、各大学や研究機関で活発に行われていました🙂
そういった時代背景の中、ユングは心霊主義についても関心を寄せ、このような運動は、過剰な合理性の中で切り捨てられがちなものに意味を見出す集団的探求と捉えるなど、開かれた知的感受性を持たれていました。

無意識の動的な存在を提唱したウィーン出身のフロイトと、「自由語連想」やコンプレックスの研究で知られていたユングは交流することとなります。ユングがご自身の著作「語連想研究」をフロイトに送ったのがそのきっかけでした。
2人はお互いの興味や科学的希望への熱意や共同研究で強く結びつきます。
フロイトはユングを優れた弟子として、またご自身の研究の後継者とも見られていました。
共同研究は夢の分野やコンプレックスの研究など、後の世にも偉大な功績となる、大変有意義な結果を生み出しました。
双方の関係は擬似的な親子関係のようなパートナーシップとなりますが、時と共に気質や理論の違いが表面化し、対立、衝突が起こり始めます。
ユングは精神的、象徴的、神秘的なものに興味を惹かれ、これらに寛容な姿勢でしたが、フロイトは唯物論と生物学的決定論を重視しました。
無意識についても神秘主義的解釈の面で意見の相違があり、リビドー概念の捉え方の違いも互いの溝を深めることとなりました。
宗教の捉え方にもそれぞれの違いが見られます。ユングは宗教を、意味と繋がりを求める普遍的な精神的欲求の正当な表現と捉え、フロイトは宗教を「集団神経症」と捉えました。

1913年、ユングは国際精神分析協会の会長を辞任され、独自の分析心理学の展開を始めたことで事実上の師弟関係は破綻となりましたが、その後もお2人の思想的対話は続きました。
現代でも精神分析学、分析心理学の分野としてそれぞれの探求が続いています😊

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