脳の神経回路等について書きました。そもそも私は正確性や真理を追求したり、強い目的意識を持って何かを成し遂げたりする方ではないのですが😐
未だになぜか知らんがこーなった。という現状にいます💦
そして自身の見解が正しいという思いもなく、正しさや整合性が人を救うとは限りません。
しかし、物質世界を成り立たせている「秩序」や「仕組み」のようなものはあり、それらの研究は人々の努力により常に更新され続けています。
先人の方々は精神修行の面においても、様々な例や知恵を遺してくださっています。
ただ、かつての宗教的修行者と、現代を生きる人々では瞑想の目的も社会条件も全く違います。
社会人の心身状態、能力向上の為、また精神科や依存症治療など臨床等でも認知行動療法やマインドフルネス(気づき)瞑想(認知)療法が推奨されることもあります。
これらは釈迦仏教(上座部仏教)の瞑想、禅の実践や思想のエッセンスが取り入れられており、重要な点は「今この瞬間の体験に意識的に目を向け、ジャッジや囚われの無い状態で、ただ観ること」です。
感情体験の変容や認知の偏りの改善、より良い行動化に繋がるという点で、有益なものです。
治癒や症状緩和という目的にも、お仕事の「生産性向上」という目的にも、適正範囲であれば適うものと思います。
しかし、元々の禅や仏道修行は「益」や「結果」を求めて行うものではありません。
資本主義社会、新自由主義社会の中で、「無益」は真っ先に切り捨てられるものとなります。
端的な合理性、効率性、利益追求は強迫的生産行動となり、環境破壊や経済格差、戦争を含めた様々な問題として顕現しておりますが、未だ解決しておりません。
かつて私は、家族構成の構造やエネルギー、パワーバランスをみて「ここを捨ててみよう。」と思い、逃げましたら、家族システムそのものが瓦解しました。
「ストレスの請負役」が無くなると崩壊するような全体バランスの上に成り立っていました。
「価値」という概念を超え、「価値創造」を根底で支えている様々なものに目を向けると、面白いものがたくさん見えるかもしれません🙂